2025.11.11
【11月11日はピーナッツの日】千葉県落花生栽培の黎明期を知る、旭市の「新芳商店」を訪ねて
11月11日は「ピーナッツの日」です。1つの実に2粒ずつ入っていることから、1が2つ並ぶ11月11日を記念日として定めました。落花生の一大産地である千葉県では収穫が終わり、2025年産の新豆が店頭に並んでいます。もう召し上がった方もいらっしゃるでしょう。
千葉県で初めて落花生を栽培したのは、山武(さんぶ)郡南郷村(現在の山武市南部)の牧野万右エ門氏です。明治9年(1876年)、牧野氏は、横浜で中国人と会った際に落花生を食べ、おいしかったことから聞いたところ、清国ではかなり需要のある作物で、栽培も比較的容易とのことで、種子を探して入手。村の有志に頼み込んで栽培にこぎつけたとのことです。冴えない感じの花は咲いたものの、一向に実のつく気配がなかったが、掘ってみたところ地中に実っていたのでびっくりしたというエピソードが伝わっています。
もう1人、千葉県の落花生栽培において重要な人物が、匝瑳(そうさ)郡鎌数(かまかず)村(現在の旭市鎌数)の戸長・金谷総蔵氏です。明治10年(1877年)、当時の千葉県令・柴原和氏が落花生栽培を奨励したことから、翌11年に種子を譲り受けた金谷氏が自家で栽培してみたところ、当地に適していることを見出しました。旭市は、江戸時代に湖を干拓してできた「干潟八万石」と呼ばれる広大な農地の真ん中にあります。干潟八万石の中でも、旭市のあたりは砂地のため適した作物もなく、農民は貧困に苦しんでいたそうです。
「金谷氏は、落花生がそんなやせた土地でもつくりやすいことを見出し、大いに喜んだそうです。近隣の村を訪ね、種子と肥料を無利子で貸し付け、収穫時には買い取る約束をして、栽培させようとしましたが、思うように広がらなかったとか。中には、『地中に実るなんて縁起でもない』と嫌うものもいたということです。それでも、東京に販路を開拓した金谷氏が販売したところ、他の雑穀類の数倍の利益を上げることができ、その有利性が広まり、競って栽培を行うようになったそうです」
こう教えてくださったのは、旭市で落花生の加工・卸・販売を行う「新芳商店」の新行内 功さん。明治時代創業の「新芳商店」は、旭市に落花生が根付いたころから加工・卸を行ってきました。「新芳商店」は、まさに落花生栽培の歴史とともに歩んできた会社です。新行内さんに、昔の千葉県及び旭市の栽培についてお話をうかがいました。
上:新行内 功さん。新芳商店の4代目です。下左:新芳商店の店頭。裏側に加工を行う工場があります。下右:新芳商店の一般販売用小袋。千葉県産のおいしい落花生です。
「金谷氏の尽力で、この辺りの落花生栽培は広がっていきました。活発化したのは、輸出が始まった明治20年を過ぎた頃からで、うちも輸出を行っていました。その後、落花生は『旭本場』と言われるようになりました。旭市には千葉県落花生同業組合の事務所が置かれ、工場をつくり、手選別して出荷していたんですよ。ちゃんと選別していたため味がよいとの評判を取ったからでしょうね」
旭市発行の「旭市史」には、輸出が盛んだった頃は、工場の設立や労働者の流入で、1日1軒家が建つほどだったと伝えられています。その後、大正時代には国際的な経済状況の影響、安価な中国産の流入などの影響を受け、そして第二次世界大戦への突入に伴い落花生栽培は急激に衰退していきました。
「千葉県でも、栽培が途絶えたんですよ。当時、必要性の高いさつまいもなどに取って代わられたんですね。それでもうちでは、細々と農家につくってもらっていました。また活発化したのは戦後です。食糧難の時代に、栄養価の高い落花生のニーズが全国で高まっていったんです。売れ行きも良かったので、再び千葉県で広く栽培されるようになりました。その頃もまだ、旭本場と言われていたんですよ」
上:新芳商店で見せていただいた、昔の落花生生産を知ることができる貴重な資料。下:左は大正13年に開催された、東宮殿下御成婚奉祝万国博覧会参加50年記念博覧会 に新芳商店が落花生を出品した際に賜った記念状。右は、全国煎豆落花生協同組合連合会設立に貢献したことに対して、新行内さんのお祖父様、新行内 健さんに送られた感謝状。全国煎豆落花生協同組合連合会は、日本煎豆落花生協同組合連合会の前身団体。日本煎豆落花生協同組合連合会は業界の全国組織で、昭和33年(1958年)に発足。最盛期である昭和30年代~40年代に加盟団体は300社を数えた。
長い時の中で、時代の流れに翻弄されながら続いてきた千葉県と旭市の落花生栽培。旭市では、今でも昔ながらの自然乾燥にこだわって落花生を栽培しているそうです(※落花生の栽培方法はこちら)。内陸のほうでは「ぼっち」と呼ばれる野積み、潮かぶりの危険性がある海岸に近いところでは、動かせないぼっちではなく地干ししています。
「やっぱり、自然乾燥させると味がいいんですよ。特にぼっちはね。うちは、このやり方にこだわっていきたいと思います。千葉の落花生はやっぱりおいしいです。輸入物よりほるかにおいしい。千葉県産日本一、千葉の特産として、やっていきたいと思います」
新行内さんは、「次の50年も頑張ります!」と、力強く語っておられました。
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来年(2026年)は、落花生が千葉県に導入されてから150年目にあたることから、千葉県では、関連企業や団体、生産者と連携し、長い間親しまれてきた落花生の歴史を振り返り今後の発展につなげる記念イベントを開催するとともに、150年を契機とした魅力発信や消費拡大につなげるためのプロモーション等を実施することとしています。
新行内さんも一般社団法人千葉県落花生協会副会長として、記念イベントの成功に向け、その準備に追われているとのこと。今後、ますますご活躍されることでしょう。
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【参考】
『千葉県落花生百年の歩み』(千葉県落花生商工組合連合会。昭和36年9月発行)
『千葉県らっかせい百年誌』(千葉県落花生導入百年記念事業実行委員会。昭和51年10月1日発行)
千葉県ホームページ